戦争はいけない、命を大切に、腹八分目でお酒は飲みすぎない、不倫はダメ、温暖化をとめるには二酸化炭素の排出量を減らす、サボらずに真面目に働く、悪いことはするな、良いことをせよ……etc。
みんな、それくらいのことわかっています。しかし「わかっちゃいるけどやめられねぇ」のです。人間の「癖」と言ってもいいかもしれません。
「わかっちゃいるけどやめられねぇ」というのは植木等が歌った「スーダラ節」の一節です。実は、植木等はとても真面目な性格だったそうで、こんないい加減な歌を歌っていいものか、本気で悩んで父親に相談したそうです。この父親というのが植木徹誠(うえきてつじょう)といいまして、浄土真宗のお寺の住職をされている方でした。植木徹誠は「スーダラ節」を聞いて、「わかっちゃいるけどやめられねぇ」というのは人間の真の姿を言い当てている素晴らしい歌だと言って、植木等に歌うことを薦められたそうです。歳は取りたくないけれども歳をとり、病気になりたくはないけれども病気になり、死にたくはないけれども、せめてピンピンコロリで死んでいきたいと思うのだけれども、なかなか思い通りにならない。思い通りにならないものを思い通りにしようとして人間は苦しんでいるのです。けれども「わかっちゃいるけどやめられねぇ」。
ここに人間の悲しさがあり、人間の面白味、人間らしさがあり、人間の不思議があるのではないでしょうか。
2022年9月 合掌
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by opentemple
| 2022-09-01 21:28
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