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死を忘れる時…


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 「人間は死ぬ」という事実は誰もが知っていることでありながらも、いざ自分のこと、家族のことになるとなかなか直視できない事実でもあります。「死」ということを忘れているときは、「今を本気で生きる」ということを忘れているときでもあります。生きるということに足をつけていないので、生活が浮いてしまうのです。
 「死」を嫌なものだと怯え恐れていると、生活は暗くなり、沈んでしまう。人間の死亡率は100パーセントですが、最後、どんな最後の迎え方をするのかは誰にもわかりません。「死に方」を選ぶことはできませんが、「生き方」は選ぶことができます。「いつ、どこで、どんな死に方をしてもいいような生き方」をする。死を見つめる時に、生活が、生きるということが輝いてきます。
 金沢では7月に新盆、全国的には8月に旧盆を迎えます。亡き人は、わが身をもって残された者にいのちの尊さ、いのちの儚さを伝えてくださっています。同時に残された者に、そのいのちを精一杯生きてほしいと願いをかけられています。それは、いのちの仏様、阿弥陀如来の願いでもあります。
 墓前でいのちの事実、いのちの願いに耳を傾けてみてください。
合掌


# by opentemple | 2023-09-03 15:11 | 今月の掲示板・ご挨拶

どん底に大地あり

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新型コロナウイルスが感染拡大していく中で多くの方がどん底を感じられたのではないでしょうか。しかし、落ち着きを取り戻す中で改めて振り返ってみますと底なしのどん底と思っていたあの時期にもちゃんと底があり、大地があり、底に、大地に支えられていたと感じることができるのではないでしょうか。
どうにもならないと思うようなことも、どうにかなり、絶望の中にも光があったはずです。
どん底にいると上ばかり見上げていて、足元の大地に気づかない。
有頂天にいても喜びで舞い上がり、足元の大地に気づかない。
どんな時でも私たちは「大地」に、「いのちの大地」に支えられているのです。

2023年5月 合掌

# by opentemple | 2023-06-14 08:39 | 今月の掲示板・ご挨拶
人生に花が咲こうと咲くまいと_b0002906_10521500.gif
アントニオ猪木さんが昨年の10月1日に命終されました。
猪木さんは生前、元気と勇気をたくさんの人たちに分けてくださいました。そんな猪木さんの元気の出る言葉の一つに上記のものがあります。
人生には成功もあれば失敗もあり、いい時もあれば何をやってもうまくいかない時もあります。いろいろなことが起こりうる人生ではあるのですが、生きていること、それ自体が花であると。いや、そもそもこの世界に生を受けた、生まれてきたこと自体が花であるとおっしゃいます。
花の大きさや色や形は千差万別の自分だけのいのちの花を抱えて人は生まれてくるのです。
じゃあ、その花は死んでしまったらお終いなのかと言ったら、そうではないでしょう。アントニオ猪木といういのちの花は、今もなお、多くの人たちの心に咲き続けています。いのちの花はつながっていくのです。
いのちの花は出会いの中でつながっていきます。私たちは自分のいのちの花とともに、出会いの花を花束にして生きていくのです。
合掌


# by opentemple | 2023-03-01 10:52 | 今月の掲示板・ご挨拶
門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし_b0002906_10490378.jpg
お参りにお伺いしているお宅に、毎年お正月に遺影用の写真を撮っているという旦那さんがおられます。家族には「何もお正月からそんなことしなくてもいいのに」と言われるそうですが、「今年も無事に正月を迎えられて嬉しいという思いと同時に、正月を無事に迎えられたからと言って、今年も大丈夫だという保証はない。いつ何時、何が起こるかわからないぞと、自分自身を戒めるために正月に遺影用の写真を撮っているんですよ」と旦那さんはおっしゃっていました。
一休禅師も同じ思いで上記の歌を詠まれたのでしょう。
自分の死を考えることは決して縁起の悪いことではありません。自分の死を意識してみると「今、やりたいこと」「どう生きたいのか」が問われてきます。死が本当に生きるというところに立ち返らせてくれます。
合掌
2023年1月


# by opentemple | 2023-01-02 10:49 | 今月の掲示板・ご挨拶
都合よく生きられたら幸せだという夢から…_b0002906_10565830.jpg
私たちは、都合よくいきたい、思い通りの人生を歩んで「幸せになりたい」と願っています。
「幸せになりたい」という欲望や願望は全部、自分が作り出します。自分で作り出すので、一つ満たされれば必ず次の欲望や願望が出てきます。ですから「私はもう充分幸せになったので、もう結構です」って話はあまり聞きません。「幸せになりたい」という、この思いには終わりがないのです。
この「幸せになりたい」という思いは、裏を返せば不満になります。「なりたい」ってことは、なっていないということなのですから。それでも、一つ、欲望・願望が満たされたら満足するかというと、しばらくは満たされた気持ちになることもあるかと思いますが、必ず次の欲望・願望が出てきて、不満の状態になる。もしくは、手に入れたものを守りたい、守り続けたい、失いたくないということで不安な気持ちになるのではないでしょうか。
「幸せになりたい」と願う生き方は、満たされなければ不満に苦しむ。満たされたとしても、今度は失いたくなくて不安になる。不満と不安の間を行ったり来たりしながら生きる生き方になってしまう。そこに「幸せになりたい」と欲望を満たそうとする生き方の問題があるとお釈迦様は気づかれるわけです。
お釈迦様の言葉に「知足(ちそく)」「足るを知る」という言葉があります。ないものに目を向けるのではなく、あるものに目を向けていくことが、欲望とうまくお付き合いをする秘訣なのかもしれません。
合掌

# by opentemple | 2022-11-08 10:57 | 今月の掲示板・ご挨拶

ご縁を大事に、想いをつなぐ    石川県金沢市のお寺、聞善寺から発信する住職からの思い、行事やイベントのお知らせ等もあります。


by 聞善寺
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