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蜂と神さま

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仏教では全てはつながっていると教えてくれます。
水は雲として存在します。そして雲は雨となり山に沁み込み、沁み込んだ水がやがて湧き水となり、川となって水道管を通って私の元に届きます。
ですから、水を飲むということは、雲を飲むことであり、雨を飲むということであり、山を飲むということであり、川を飲むということでもあるのです。人間の体の70パーセントは水だと言われていますから、身体の70パーセントは雲、70パーセントは雨、70パーセントは山、70パーセントは川という風に考えることができるかもしれません。水は雲であり、雨であり、山であり、川であり、そして私です。
また、私たちは宇宙ともつながっています。
太陽がなければ、私たちは生きていけません。水も空気も食べ物も太陽のエネルギーから生まれたものですから、私は太陽であるとも言えるのです。私たちは時間も空間も超えた無限のつながりの中を生きています。そんな無限のつながりを象徴する仏様・阿弥陀如来を浄土真宗では、御本尊として大事に手を合わせています。
私たちはつながりの中でしか生きていけないのに、つい自分一人の力で生きていると錯覚してしまいます。南無阿弥陀仏とお念仏申しながら無限のつながりの中にいる私を思い起こしてください。
2025年9月合掌



# by opentemple | 2025-08-31 12:16 | 今月の掲示板・ご挨拶
人を殺すことが戦争ではないんです。_b0002906_09594853.jpg

第一次世界大戦で約一千万人、第二次世界大戦で約四千万人、日本ではアアジア太平洋戦争で焼く300万人の命が失われました。人類の歴史上、戦争の死者がもっとも多かった20世紀は戦争の世紀と呼ばれることもあります。
21世紀は平和の世紀であってほしいという願いとは裏腹に、9.11アメリカ同時多発テロで21世紀の幕が開けました。そして21世紀の4分の1、25年が経過しましたがウクライナとロシア、イスラエルとパレスチナ、イスラエルとイランなど、とても平和の世紀とは呼べそうにありません。ニュースで見る戦争報道を遠くの世界の出来事だと“無感覚”になっていたら戦争に巻き込まれていると言えるのかもしれません。
日本国内においても日本人と外国人の間に軋轢がないわけではありません。人が人を殺すこと、殺されることに“無感覚”にならないことを平和への第一歩としていきたいです。

2025年7月 合掌

# by opentemple | 2025-07-01 10:00 | 今月の掲示板・ご挨拶
難が無ければ無難な人生、難が有れば…_b0002906_09243091.jpg

多くの人が苦難の人生ではなく、難のない無難な人生を願っておられるかと思います。無難とは特によくもなく、悪くもない、可もなく不可もなくとくことです。ですから無難な人生とは平穏無事な人生と言えるかもしれませんが、別の見方をすれば困難を避け、挑戦もしない人生とも言えるかもしれません。
今年、大阪万博が開催されていますが、55年前の万博のシンボル『太陽の塔』をデザインした芸術家・岡本太郎はこう言います。


『私は人生の岐路に立った時、いつも困難なほうを選んできた』

『人間にとって成功とは一体なんだろうか。結局のところ自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか。』


困難な道を選んで挑戦することは結果はどうあれ後悔のない人生を歩めるのではないでしょうか。楽な道を選ぶことも決して駄目だとは思いません。時と場合によっては、楽な道を選ぶことが必要なこともあります。ただ、楽な道を選びつづけると結果的には苦難の道になってしまうような気もします。選択の余地がない困難もありますが、選択のできる困難に直面した時に自分自身が問われます。
生きるということは日々、選択の連続です。すべて困難な道を選択すべきだとは思いませんが、人生には必ずターニングポイントとなるような決断を迫られる時があるはずです。そんな時は岡本太郎の姿勢を思い出したいものです。
2025年5月 合掌

# by opentemple | 2025-05-08 09:25 | 今月の掲示板・ご挨拶
死の自覚が生への愛である_b0002906_11134734.jpg

終活というと断捨離などの身の回りの整理、財産整理、葬儀やお墓の準備のことを言います。しかし、終活の肝心要は「死の自覚」「命には限りがあるという自覚」になるのではないでしょうか。
自分の死を考えるのは縁起が悪いとか、まだまだ先だから考えたくないという方もおられるかと思いますが、自分の死を自覚する、自分の死を考えるということが、実は生きることを大事にすることである、生きるということを愛することであると戦後日本におけるギリシャ哲学の権威であった田中美知太郎氏はおっしゃるわけです。
改めて自分の最後を考えてみた時、多くの人が最後、自分が笑っていられて、まわりの者が悲しんでくれる、そんな最後を迎えたいと思われるのではないでしょうか。じゃあ、どうしたらそんな最後を迎えられるのか?
そのように生きたらいいわけです。最後、自分が笑っていられて、まわりの者が悲しんでくれる、そんな生き方をしたら、最後、そのような最後を迎えることができるのです。生きるということと死んでいくということはまったく別々のことではなくて、表裏一体のことです。生と死は対極にあるのではなく、生と死はともにあるわけです。死というものに向き合った時、じゃあ今なにがしたいのか、これからどのように生きたいのか、死ということから生が問われてきます。
死に向き合うということは、生に向き合うということです。生と死がともにある自分の人生に向き合い、人生を考えるということが終活というものの本質ではないかと思います。そう考えますと、終活は年配の方にだけ必要なものではなく、すべての人々に大切なことになるのではないでしょうか。
合掌

# by opentemple | 2025-03-10 11:14 | 今月の掲示板・ご挨拶
止まない雨はない とかじゃなくて_b0002906_16432434.jpg


この言葉を知ったとき、本当にその通りだと思いました。
雨が降っている中で困っている人がいたら、まず傘に入れてあげる。
切羽詰まっている人がいたら、まず手を差し伸べてあげる。
そんな人であれたらと思います。
同時に、やっぱり「止まない雨はない」というメッセージに救われる人もおられるのではないか、とも思います。
しかし、現実は「雨は夜更け過ぎに雪へと変わる」かもしれませんし、「止まない雨はないけれども線状降水帯」かもしれませんし、「雨が止んだら、今度は降らなくて困る」かもしれませんし、「雨は恵みの雨」だったかもしれません。
人生は何が、どこで、どうなるかわかりません。
そんな人生に対する気づきの言葉に、この掲示板がなれたらと思います。言葉の力を信じながら、この掲示板の言葉が皆さんの心の傘になれることを願いながら掲示板を2か月に一度、書かせていただいています。
今年もよろしくお願いいたします。

2025年1月 合掌

# by opentemple | 2025-01-05 16:43 | 今月の掲示板・ご挨拶

ご縁を大事に、想いをつなぐ    石川県金沢市のお寺、聞善寺から発信する住職からの思い、行事やイベントのお知らせ等もあります。


by 聞善寺
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